ハッピーマンデー制度により、2000(平成12)から、10月の第2月曜日が「体育の日」となりましたが、元々は、1964(昭和39)に開催された、東京オリンピックの開会式の日(1010日)を記念して作られた国民の休日です(1966年制定)。

 

ところが、これ、最初は「スポーツの日」だったそうです。文部科学省のホームページ資料によると1966(昭和41)に「スポーツ振興法で定められていた「スポーツの日」は「体育の日」と改められました」とあります。いったいなぜ?スポーツと体育の違いって?と調べたところ、この2つ、とても大きな違いがあったのです。

結論から言うと

「スポーツ」=自発的なもので、楽しみなもの。

「体育」=知育、徳育と並ぶ教育の一つで、辛くともやるべき義務。

 

言うならば、“スポーツをする権利”はしっくりきますが、“体育をする権利”はしっくりこないということです。自由があるのがスポーツで、自由がないのが体育と言ってもいいかもしれません。しかしながら、スポーツ=体育と思っている人も多いですよね。それはスポーツを日本語に訳す過程に由来するように思います。

 

「スポーツ」=「Sports」という言葉が日本にやってきた明治のころ、適当な訳語が日本には存在しなかったそうで、Sportsの訳語として一番最初に文献に登場したのは「釣り」でした。なぜそうなったかは謎です。知っている方、教えてください。
以降、「乗馬」という訳語が現れたりしましたが、やがて陸上競技や体操、水泳などを
SportsGameと英語では呼んでいることがわかり、「遊戯」という訳語が当てられます。

 

「体育」という訳語が登場するのは、各種のスポーツ(特に陸上競技、体操、水泳等)が、兵隊の訓練や男子学生の心身を鍛練する手段として活用されるようになったころ。これをもって、Sportsを「遊戯」と訳すのは不適当だということになり、「運動」とか「体育」という訳語が用いられるようになったそうです。軍国主義の色合いが濃くなるにつれて日本人の間に、「スポーツ=体育」という訳語が定着したということですね。みんなで同じように体操するという様子にも、そんな面影を感じます。

体育の日
(ニュース映画発達史・躍進のあと・体操大会1939年・外苑競技場にて ViViAライブラリーより)

 

もちろん、「体育」が直接軍事国家、軍国主義に結びつくということは今はなく、子どもの心身の発達を考えると、体を鍛えることはある年齢までは国と国民の義務としてやるべきことだと思います。

 

ですが、オリンピックの開会式に由来する「体育の日」は、どうでしょう。英語表記では、Health Sports Day. つまり健康とスポーツの日です。そして、日本体育大学の英語名は、かつて、Nippon college of physical educatin としていたのを、最近、Nippon Sport Science University に改められました。義務から解放され、自発的に楽しむ、自由に行うという意味では、「スポーツの日」とした方がしっくり来る気がします。

 

と思ったら、今年1月、超党派で作るスポーツ議員連盟が「体育の日」を「スポーツの日」に名称変更するプロジェクトチームを設置していました。早ければ18年からの変更を目指すそうです。

 

「体育の日」が「スポーツの日」になるかも知れません。「スポーツ」はもはや日本語のようになじんでいますからね。気温が下がり、外で運動不足の体を動かすにはいい季節になりました。秋晴れの日には、ご近所を散歩してみるのもいいですね。